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8月24日(日)の退院を喜び、僕は自宅マンションでお祝いのケーキを食べた。しかし、翌25日(月)のPM19:50には37,4度。日付けが変わった26日(月)AM12:15に37,5度。氷まくら。 AM3:50に、たん取り。僕は疲れ果てているけど、寝たいという気持ちがおきない。AM7:50に37,3度。うれしさの大きなため息が出る。 僕の判断で豊見城市内の中央病院へ。傷病名は肺炎。再び地獄の日々が待ち受けていた。 27日(水)にはICU室へと移動。AM9:30に38,0度。AM10:00は抗生物質注射。10:15には入院期間中の女性主治医からMRSTAの説明を受ける。 28日(木)AM11:30 ベッドシーツに血痕が8点。頭が枕から完全にズレ落ちている。看護主任を呼んで指摘。ベッド内には汚れたティッシュと綿棒まで落ちている。 29日(金)PM19:00〜19:15には同病院の外来に勤務する、顔見知りの看護師が夫同伴でお見舞いにきた。母ちゃんはICU室にいたため、最期の挨拶にきたのだろうかと勝手に思い、いい気分はしなかった。 30日(土)AM9:20は36,8度。記録ノートから抜粋。「パワフル。どうして元気なの?」と聞くと、「キー坊がいるから」と答える。 母ちゃんはお世辞が上手だねと返すと「キー坊が…と再度答えながら声を出して笑う」。この日はずっと36度台だ。PM:19:50は36,9度。安心してマンションへ帰る。 31日(日)AM9:10に発見。エンシュア漏れ。ベッドがビシャビシャだ。怒り心頭の僕は看護師を呼びつけ、まずは血圧から計れと指示。 140×80で、ちょっと高い。看護師の了解を得てから写真を撮る。この日をきっかけに、病院側とのギクシャクが始まる。 記録ノートから抜粋。対応の悪さを指摘すると、女性看護師から「あなただけには言われたくない」と言い返された。 女性主治医ともギクシャク。母ちゃんの行く末が気になり、退院を早めるようにとお願いした。主治医には「全ての責任は僕が持ちますから」と言葉を添える。 今回の記事は2005/09/24/02:08に作成した。 病院内で撮った写真は、新聞連載『いつも母ちゃんにアイ・ラブ・ユー』にも掲載。2006年2月16日(木)付です。 【関連記事】 おしゃべり好きな二人 削除した過去記事★1 http://nobukococky.at.webry.info/200808/article_2.html 新聞連載『いつも母ちゃんにアイ・ラブ・ユー』を担当した男性記者から削除依頼 |
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